« PS2「イースV」その9 | トップページ | PS2「イースV」その11 »

2006年4月 9日 (日)

PS2「イースV」その10

二つあったエンディングですが、両方を確認しました。
隠しダンジョンは拍子抜けするほど簡単でしたが、これも後半の廃都やケフィン城の地獄マップで鍛えられたおかげでしょうか(笑)
というわけで、ケフィン王との対決からエンディングまでをずらーーーっと俯瞰してみましょう。

○聖誕祭の真実

ケフィン城を駆け登り、ついに王の立つ舞台へ乱入したアドル。王の行う演説が一枚絵の演出付きで挿入されます。(とは言っても、民衆に「ありがとう~」とか言ってるだけ。)
その傍らにはリジェが・・・

「貴様・・・この大事なときに!」

心底憎々しく毒づくリジェと、ここまでやってきたアドルを見ても余裕を崩さないケフィン王。
「そのほうには早々に死んでもらうが、その前に一つ聞いておきたい。」
「なぜケフィンを否定するのだ?」

「外界の人間であろうと、善なる者であればケフィン市民として迎えれば良い。
そして、悪と見なされたものは善なる市民のために礎となる。」

これこそがケフィンの正義、秩序だと断言するケフィン王。
しかし、スタン、マーシャ、テラがアドルの後を追って到着します。王のために命を落とした子供の亡骸とともに。

「この子にどんな罪があると言うのだ!」「たった10年しか生きていない子供なんだ」と訴えるスタンは、同時に「善だけの人間などは居ないし、まして悪だけの人間も居ないのだ」と叫びます。

それに対し、「その子供は審判の儀が証明した悪人なのだ」と言い放つケフィン王は、アドルらを「悪を為す、正義の敵」として自ら処刑することを宣言。
しかし、本性を現したケフィン王は(おそらく錬金術の力で)醜悪な化け物の姿になるのでした。(非常にかっこわるい・・・・・。)

本当ならプレイヤーはスタンらの叫びに心底共感し、テンションを高めて王との対決に臨むところなのですが、再三書いているように伏線もなにもあったものではない(一応は張られていますが内容も方法も稚拙すぎる)ため、興ざめとまでは行かないまでも共感しきれない気がしますね。子供の亡骸にしても、その子の名前が明らかになっていて、一度でもアドルと会話したことがあるとか、そういうキャラであったならもっと強力な演出になったのに・・・。
「死なせるためのキャラ」が作劇上是か非か、は考えてません(^^;

ケフィン王との対決は、アドルvsケフィン王+リジェ&兵士のみなさんという混戦になります。レベル44~45くらいだとダメージが5とかそのくらいしか通らないので倒すのは難しかったですね。ケフィン王の攻撃で一番強いのはジャンプからの衝撃波なので、これをアドルもジャンプでかわし、雑魚は出来るだけ無視して下突きで連続ダメージを与える戦い方が良いと思います。
魔法は水属性だと回復してしまうみたいですが、エアスラッシュでの連続ダメージ、スパークボルトでの雑魚一掃などは有効な攻撃ですね。

雑魚は無視といってもリジェが結構強いので気を付けましょう(^^;ある程度ダメージを与えると膝をついてしばらく動かなくなりますが、休んで復活するとまた攻撃してきます。

○大錬金術師ジャビル
ケフィン王を倒したとき、聖誕祭に参加していた市民たちに動揺が走りました。

「あれが錬金術に頼り切った自分たちの末路だというのか」
「それどころか、いつ悪人と判断されて殺されてしまうかわからない」・・・・。

ついに目を覚ましてくれたか、とスタン(だからその「ついに」をプレイヤーに感じさせるようにちゃんと演出しろよ)。

しかし、王の言葉に一同は息をのむのでした。
「ジャビル!」
500年前にケフィンを外界から切り離し、王に不老不死の法を施したという大錬金術師ジャビル。そのジャビルがまだ生きていた・・・・。
「王など所詮は操り人形にすぎない。本当の敵はケフィンを裏から操ってきたジャビルよ!」とマーシャ。彼女も、まさかジャビルが生きているとは思っていなかったようなのですが、今となっては「ジャビルなら500年生きていても不思議じゃない」と言うことでしょうか。
どんな妖怪じじいだ。

ジャビルは姿は見せず、声だけが不気味に響きわたります。そして、助けを求める王を「役立たずが!」と一蹴し、それどころか命をも奪ってしまうのでした。
息も絶え絶えとなっていたリジェも、ジャビルに今一度のチャンスを願います。この怪我をいやしていただけるなら、赤毛の剣士を殺します!と。
が、ジャビルは冷たく笑い言い放つのでした。
「おまえまで期待を裏切るのか。苦労して造ってやったのに。」
この言葉に衝撃を受けたのはリジェでした。
彼女は自分をケフィン王家の血を引く者と信じていたのに、真実は「ケフィン王国にいた優れた女剣士をベースに、ジャビルによって造られたホムンクルス」だった。
逆上するリジェですが、ジャビルの術によって一撃で消滅させられてしまいました。

「石の核でもないただのホムンクルスが、創造者に勝てると思うか」

惨劇に怒りを露わにするテラ。
「姿を見せろよ!」という叫びに対し、ジャビルは「ならば来るがよい」と余裕を見せ、隠された通路を開くのでした。

表面上は原案ほとんどそのままの展開。
が、ラフイラストに解説がついただけのストーリーボードの方がよほど手に汗握る展開に感じられます。台詞のやりとりの冗長さ、戦いの場面で見せるケフィン王の姿(笑)、そこに至る展開。
原案のストーリーを見る限り一番の見せ場だと思っていた場面は、非常に残念な仕上がりになってしまいました。PS2版で一番楽しみにしていたシーンだけに、本当にガックリ来ました。演出の稚拙さ、表現の薄さが蓄積され、単なる能書きの垂れ流しになってしまった、という印象です。

なお、ケフィン王との戦いでのBGMは「Pain Maker」。

○500年の惨劇
地下への長い通路を下っていくアドル、スタン、マーシャ、テラ。
画面的には、イースVIでナピシュテムの元へ登っていく螺旋階段を逆に下っていく感じです。文句を付けるとするならば(w)ここを「駆け下りる」とかじゃなくて、ゆっくり歩いて降りていることですね。これも演出の一つ。普通ならこうはしないと思うんですが・・・・台詞が多いから時間稼ぎが必要?
そんなもん、どうせイベントシーンなんですからループするマップを用意してそこを歩かせておけばよろしい。会話の内容の割に、キャラクターがゆーーーーっくり動いているものですから、非常に散漫な印象を受けてしまいます。

BGMは「Theme of Kefin II」で、途中から「Crime and Punishment」になります。

話してる内容自体はかなりのものです(^^;
500年間ジャビルが行ってきた狂気の実験の数々。生きながら魂を抜かれ、石に封じ込められた犠牲者達。

そして、500年前のケフィンに急激な発展をもたらした者は「有翼人」だった・・・・
イースVIで新たに設定された「エメラス」がなんとVにも登場!
かつて、ケフィンに「アイシャ」という名の有翼人がやってきた。ケフィンの王家は彼女を迎え入れ、アイシャはケフィンに「赤エメラス」をもたらした。

錬金術師達は赤エメラスを研究することで数々の秘術を編み出し、ケフィンは栄えていった。

シリーズの設定を生かした「いかにも」なアレンジでした。が、衝撃的なのはまだこれからです。ジャビルは究極の秘法である「賢者の石」をものするために研究を重ね、そのためにはエメラスに有翼人の魂を封じ込めることが必要だ、と突き止めたのです。
そしてまんまとアイシャを罠にかけ、賢者の石を完成させた。ジャビルはただ自分の研究のためだけにケフィンを外界から切り離し、王の不完全な不老不死を維持するために10年に一度の聖誕祭で市民達の命を吸い取り、審判の儀で悪人とされた人間達を材料に実験を繰り返してきた。
儀式について王家には何らかの考えがあったようだが、そんなものに興味はない、と言い放つジャビル。彼にとっては、人の命など実験のための道具でしかないのです。

そして賢者の石の力によって維持されているケフィンは、賢者の石を失うことで崩壊してしまう。ジャビルは自分の命を限りなく不死に近づけるため、賢者の石と融合しひとつになっていました。・・・・ついにジャビルの前にたどり着いた一行は、この事実の前に困惑します。
しかしそのとき、意外な?人物が現れるのでした。

○ニーナの決意

アドルらの後ろからやってきたのは、なんとニーナでした。
ジャビルを倒せば賢者の石も破壊することになり、ケフィンは崩壊してしまう。
しかしニーナが言い放ちます。「私はその崩壊を止めることが出来るんです」と。

「賢者の石の核」と言われていたニーナは、「崩壊を止めることができるからこそ、リジェやジャビルが自分を捜していたのだ」と明かすのでした。

ジャビルと激しい応酬を交わす、失われた記憶の全てを取り戻したというニーナ。この辺りの台詞にはSFC版そのままのものも混じっていまして、特に「理想の世界のために命を捧げてくれるものがいただけのこと」というジャビルに、ニーナが「間違ってる。錬金術の力におぼれ、人の命の大切さもそんな風にしか考えられないなんて。」と切り返す場面はイースV屈指の名場面だったと思います。
PS2版は前後の台詞が増えすぎてちょっと冗長に感じますが・・・・(^^;

「黄金の都で貴様らが得るものは富でも永遠の命でもない!もはや死あるのみ!」

怒りに燃えるジャビルと、最後の決戦です。

○最後の戦い
ジャビルは三段階の姿を持っています。
最初は人間の姿で、四つの結晶を展開し、各属性の魔法で攻撃してきます。
BGMは「Turning Death Spiral」。
実は最初からかなり手強いです。それぞれの結晶が光っている時に攻撃するのですが、剣の攻撃が当てづらいのなんの(^^;

かなり長期戦になりますね。

第二段階は、PSOのダークファルス最終形態をチャチにしたような姿になりますw
BGMは「Pain Maker」。第二段階への移行のとき、ジャビルの笑い声が響く演出は珍しくいいな、と思いました。

途中で「変形」してアドルをひき殺しに来る辺りは、「イース フェルガナの誓い」のガーランドを彷彿とさせますね。
両腕で地面を殴る攻撃は、衝撃波が発生するときはひたすら逃げまくるのが安全なようです。通常時にはジャンプ斬りで、変形時には下突きで攻撃するのが有効ですね。

HPが0になると、その身体が砕けていき・・・・。

第三段階はかなりびっくりなデザイン。賢者の石の中にハゲ頭が入ってるものと思って下さい(^^;
BGMは「Wicked Pleasure」
攻撃をかわしながら、ひたすらジャンプ斬り。断末魔の叫びを残し、ついにジャビルは絶命します。

○賢者の石の核

戦いが終わって、崩壊を始めるケフィン。大きな揺れがアドル達をおそいました。そのとき・・・

賢者の石に歩み寄り、その中に溶け込んで行くニーナ。
(BGMが「Niena」になり、一枚絵が表示されます。)
「私は記憶を取り戻し、自分が何者であるか、何をするべきなのかを悟りました」
ゆっくりと語り始めます。
「私はケフィンで生まれました。でも人間ではありません。
私はジャビルが造ったホムンクルスなんです。」

「賢者の石と一体化しても、本当の不老不死にはなれないのです。
なぜなら、石は不滅でも、中の魂が少しずつすり減っていくから。
かつて白エメラスを肉体とした、有翼人たちもそうでした。」

アイシャの魂が昇華の時を迎えるのは近い。
そうすれば、賢者の石もいずれは力を失ってしまう。だから、ジャビルは有翼人アイシャの魂に代わる、新しい魂を必要としていた。

・・・・・・ニーナの正体は、ジャビルによって、賢者の石の魂として造られた、多くの子供達の命を犠牲にして造り出された、有翼人のホムンクルス。

その背中の傷跡は、翼の名残でした。

「認めたくなかった。おまえが伝説の有翼人と関係があるとは。」
うなだれるスタン。

ニーナは石と融合して制御し、ケフィンの崩壊を引き留めようとしているのです。
その間に脱出して欲しい、とスタン達に語る彼女ですが、スタンがそれを認められるはずもありません。

「娘を置いて逃げることなど出来ない!」
「私の事を、まだ『娘』と呼んでくれるのですね」

場面転換し、ケフィンの都へ。ニーナの声が、どこからともなく響きわたり、レジスタンスと市民達へ脱出を促します。スタンやマーシャは自分が助けるから、と。
(このときのBGMは「Crumble」。)

再び賢者の石のもとへ場面が移ります。

「私は行かない。おまえを置いて、どこへ行けと言うんだ」
マーシャもまた、「あなたが残るというのならば、私こそが残るべき」「私は錬金術師なのだから」と、テラも、ニーナを見捨てて逃げることなど出来ない、自分も残る、と叫びますが、
言葉の終わらないうちに、姿を消してしまいました。
ニーナが賢者の石の力を使い、テラを外界へテレポートさせたのです。
マーシャも。
スタンも。

最後に残ったアドルに、「あなたに会えて本当に良かった」と、「この運命を後悔していません」と語りかけるニーナ。

熱い!!熱すぎる!
これで、この場面までちゃんとした演出で積み上げがあれば神エンディングなのに!!
惜しすぎる!!

「ストーリーがありがち」という批判は実は批判にならないので要注意(^^;
これは難しい問題ですが、物語というのは刺激的で有れば良い、というものでもないし、目新しければ無条件に良いというわけでもないのです。
IVの時と同じ様なことを書いてますが、新しければいい、古くさいと感じられるものはダメなもの、というのは非常に浅薄で、時には危険な考え方だと言えるでしょう。

なぜなら、そういった新しさとは実はすぐに失われてしまうものだからです。
「新しさ」だけに価値を求めるならば、それは生まれた瞬間からすぐに古いものとなってしまいます。
文学や小説の世界で、古典とそうでないものを隔てる決定的な境界線はここにあります。

問題はゲームに限りませんし、多分に個人的な信条となってしまいますが、創作に求められるのが流行や目新しさだけでは、後に受け継ぐことの出来る価値は生まれ得ないのです。つまり、そこから文化が生まれ育つことも無い、ということです。

ゲームという文化が今以上に成熟するためには、例えば物語において、例えばシステムにおいて、例えばグラフィックにおいて、例えばハードウェアにおいて、「新しいから優れている」という幼い価値観を脱出することが必ず必要になります。(今回のイースVがそこまで大したものか、というと全然そんな事はないと思いますが・・・・(^^; むしろ前作よりレベル落ちてると思いますし、さらに言うなら見るべきところが少ないがため無理矢理ほめるところを探してry)

さておき、原案のストーリーではこの辺りの展開は以下のようになっています。

・賢者の石と一体化したジャビルを倒すことで、ケフィンも崩壊してしまう。どうすれば?
・そこでマーシャが「策がある」と言い、アドルとジャビルの戦いが始まる。
・マーシャが賢者の石と融合し、ケフィンの制御を行おうとする。
・遅れて駆けつけたイブール一家が、「マーシャが水晶に飲み込まれている」と勘違いし、マーシャを助けようと賢者の石に体当たり!
・これがアドルを決断させ、アドルの剣が賢者の石を破壊!
・きわどいところで奇跡的にバランスが取られ、石の力は保たれたまま、マーシャも生還する。

原案のストーリーだとニーナはこの場に居ないんですね。
というかケフィンとさえ関係無くて、確かスタンの本当の娘として登場します。年齢は9歳。
これで「ヒロインです!」って位置づけだったら大問題だったでしょう(笑)
(それじゃあヒロイン誰よ?というと初期設定13歳のテラだったわけで、イースVはその始まりにおいてロリィ魔境だったという恐ろしい真実。自分的に、SFC版ではリジェがお気に入りですが、初期設定のリジェってだし・・・・・やりきれねぇ!!。)

話を戻します。原案の展開で注目するべきは、賢者の石が明確に破壊され、しかもそれを行うのがアドルだという点です。イースIIでの黒い真珠の破壊になぞらえたものと見ることもできますし、プレイヤーの気持ちを高揚させる演出として考えるとよりしっくり来るでしょう。

○砂の都ケフィン

砂嵐の結界を目前に、砂漠にたたずむのは脱出したケフィン市民達。そしてアルガ、ディオス、ノティス、チェイス・・・
遅れてテラが登場。アルガと再会を果たしました。次にマーシャが。そしてスタンも。
「アドルはどこ!?」と叫ぶテラと、「街の住人はみな無事のようだな」と安堵しつつうなだれるスタンが好対照。

そして、ついにアドルも帰還します。

崩壊していくケフィン。ムービーが使用され、バックにニーナの歌声が聞こえます。
(ムービーが終わると、今度はオカリナバージョンの「Niena」がBGMになります。ちなみにムービーが始まるまでの間はBGMはなく、砂嵐のSEのみ。)

誰よりも深く傷ついた、この場の誰よりも悲しんでいる男、スタンが静かに口を開きます。

「幻の都は、無くなった。もう砂漠が広がることはないだろう」
「幻の都は・・・・失われた砂の都となったのだ」

この台詞はSFC版そのまんま。非常に印象的な場面で、SFC版からずーっと覚えている人も少なくないのではないでしょうか。
ただ今回のPS2版は、画面が・・・・・(^^;
なにしろただの砂漠に突っ立ってるだけですし。画面の構図が致命的にだめなんですよね。
やっぱりケフィンが異空間にあるのではなく、砂漠の中に普通にあるけど砂嵐に阻まれて行き来できないだけ、というのは、演出的にも拍子抜けするというか・・・。
SFC版だとオアシスでケフィンの崩壊を見て上の台詞が出てくるわけで、画面が持っている情報量が多くパッと見の印象も全然違います。
こういうのも「演出」なんですよ。

あと、ムービーがショボすぎるのもかなり問題かと思いました(汗

○エピローグ(1)
エピローグはもう一つのエンディングとも重複する部分があるので、簡潔に行きましょう。
2週間後のサンドリア。BGMは「Peace in The Street」。SFCでのサンドリアの曲ですが、PS2版ではなんとエンディング専用になっていました。なかなか心憎いアレンジですよね。

ケフィンの市民達はサンドリアに受け入れられ、砂漠にも少しずつ緑がもどりつつあるそんな時。

ウイリーは、アドルにあこがれ冒険家になることを決意していました。
スタンは、ニーナの思い出が残るサンドリアに別れを告げ、旅に出ることを決意します。
その傍らにはマーシャの姿も。

早朝一番の便で一人サンドリアを去ろうとするアドルのもとに、テラが駆け寄ってきます。
彼女はドギの手紙を預かっていまして、彼はしばらくフェルテにとどまるとのこと。

「お互い風来坊どうし、いつかまた会おうぜ!」

アドルに「どうして誰にも言わずに言っちゃうの?」と迫るテラ。「やっぱりニーナのことを・・・」

アドルは答えずに船に乗り、テラは「5年待ってろよ!」と例の台詞を叫ぶのでした。

画面が切り替わって、スタッフロール。
ニーナのオカリナが描かれたイラストをバックに、BGMも「Niena」で、静かに淡々と進みます。
エンドマークの後でクリアデータをセーブして、最初のエンディングは終了です。

うーん。
紛う事なきバッドエンドですね(^^;
でもなかなか余韻の残る、これはこれで良いエンディングだったなあ。
もちろん、ニーナが嫌いとかそういうわけじゃないですよ。

ただ、おそらく今回のスタッフが仕掛けた最大級の爆弾であり、プレイヤーを一番感動させたかった(あるいは衝撃を与えたかった)であろうニーナの運命も、こう言ってしまうとなんですが、プレイヤーにとってはどこか他人事に、空虚な展開に感じられてしまう・・・

もっと、プレイヤーがニーナを好きになるような場面やイベントがあると良かったんですけどね。それでもSFC版よりはかなり存在感が出ていましたが、もう一歩、プレイヤーの心に踏み込んでくる何かが欲しかったなあ。
「賢者の石の核」もそうですし、どうも「『意外な展開』として見せたかったものが、ただ『唐突な展開』」に感じられてしまう。ゲーム中あらゆるところでそういった印象がありまして、本当に残念なゲームでした。

アレンジされたストーリー自体は相当良いと思うんですよ。もうしつこいくらい書いていますが、そのストーリーをいかにしてプレイヤーに見せていくか、プレイヤーを共感させ引き込んでいくか、というところに問題があると思います。
あるいはアクションゲームとしての出来がもっと良ければ、もっと共感し感動していたかも知れませんね。
これは「ゲーム」ですから、ストーリーを演出するものが脚本やグラフィック、音楽にとどまらない訳です。操作性やアクションの爽快感、といった部分も、もっと充実していればなあ・・・
ああ、もう何回「残念」って書いたでしょ・・・・。

今度は真のエンディング?の方へ、続きます。

|

« PS2「イースV」その9 | トップページ | PS2「イースV」その11 »

「ゲーム」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/159736/9506562

この記事へのトラックバック一覧です: PS2「イースV」その10:

« PS2「イースV」その9 | トップページ | PS2「イースV」その11 »