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2012年8月18日 (土)

さよなら絶望先生

先日発売された「さよなら絶望先生」最終の第30巻、当日朝の出勤中に、品川駅の本屋で買いました。

「絶望先生」は元々たまに立ち読みする程度だったのですが、例の卒業式の回で話題になって以降急速にハマり、すぐにコミックス1~29巻を買い揃えてしまいました。
卒業式(298話)~最終回までは雑誌上で読んだのですが、ものすごく面白かったです。

それと同時にコミックスを集めていくような形で、要は最後のほうと最初のほうを同時進行で読んでいたので伏線らしきものもなんとなくよくわかり、「これはすごい漫画だなあ」と思いました。

あとはちょっとした感想を。。。いちおう続きのほうにしておきます。

最初と最後のカフカは、それぞれ一体誰だったんでしょう。
個人的には、最初も最後も「本物の赤木杏」(の、魂)だったと思っています。

第一話の冒頭では絶望先生は首をくくろうとしていました。
首をくくるのは「死線をくぐることで霊と交信するため」と作中で説明がありましたので、第一話冒頭では、依代に依存しない、純粋に霊体だけの赤木杏を認識することができていたのではないかと。

でも教室に入ったときには「げ、今朝の娘」と、生徒の姿を見て反応しています。
これはつまり、冒頭のカフカは霊で、教室にいたカフカは依代の誰かに出現したカフカだったのではないでしょうか。
そして絶望先生が両者を同じ人物として認識出来たのは、絶望先生には人の姿だけではなく、人格が見えるのでしょう。

いちおう作中に根拠があります。
第117話、「ダメオーラ」というネタの回がありました。
あれはつまり、先生にはオーラと言われるものが見えているのではないか、と。
だからこそ、実際の姿としては「依代の誰か+ヘアピン」でしかないカフカをカフカとして認識出来ていたのではないでしょうか。


最終回については、あのときもう共同幻想は無くなっており、依代の女性たち(作中で実際に7年経ってるらしいから、実年齢は。。。)にカフカが出現したりするかどうかわかりません。
また、カフカの印であった髪留めも外してしまっています。
いろいろなところで言われていることですが、これらの理由からあれは「赤木杏」と考えるのが一番無難かと思いました。

物語の冒頭、死線をくぐり霊と交信することで、赤木杏と出会った絶望先生。
最後の場面は赤木杏の魂との再会であり、彼女に残った最後の未練をなくす死後結婚のシーンだった、と思います。結婚式は必要なくて、教会という場所でウエディングドレスをまとった杏とふたり、そのシチュエーションが結婚式の見立てになっているのでしょう。

※ただ、おまけエピソードの30X話によると、絶望先生は杏の死の場面に立ち会っているんですよね。
30X話は本編とは異なるパラレルやifの世界だと解釈してますが。
(倫ちゃんの着物のガラが違うのはそういう意味かと思って)

個人的に一番感動したのは299話での、依代の女性たちが先生への思いを語るところです。あれは一人でこっそり泣きました。
一度は人生に絶望して死を選んだ人が、おそらくは半信半疑のまま、自暴自棄のままで代理生徒を演じることになり、偽りのクラスメイト、偽りの授業、偽りの学校、偽りの先生、それら全てがやがては彼女たち自身にとっての学校生活になっていった。
このお話だけで小説や映画が何本もできあがるような、適度な刺激(この場合はラブコメ分とオカルト要素かな)と普遍的な感動を併せ持った、珠玉のストーリーだったと思います。

あと、単行本での追加で一番心に来たのはやっぱり、「あとがき」。
あれでこみ上げてくるものが無い人は、いないでしょう。
短い文章ですが、「楽しかった。」を重ねているところにも唸らされます。


最終回はそういう強い感動とはまた違う感じを受けたんですが、じーんとして気持ちいい余韻に浸っていました。
これもよく言われていることで、二番煎じ三番煎じで恥ずかしいですが、あれだけ盛り上げたあとでさらっと通常運転のギャグをかまし、そこから一気にラストシーンへ持っていく構成が鬼すぎます。
久米田康治先生は天才だ。

30巻「紙ブログ」の表現を借りるなら、僕は終点間際に駆け込み乗車をした乗客でしょうか。
途中乗車のこの旅は、どうやら一生の思い出になりそうです。

次回作も楽しみだな。


蛇足

30X話はあくまでギャグで、「番外編」という冠が付いてもいいくらいだと思う。アニメ版での「黒い12人の絶望少女」みたいな位置づけ。
でも公式ハーレムENDはむしろ大歓迎っすよ、僕の中で「最終回のその後」は、「絶望先生 絶海の孤島で元教え子に囲まれもっはもっはの巻((大人向け)」ですw

まといちゃんが一番好きだな。

<<追記>>
上述のとおり僕は最近になってコミックスを全て集め、結果的に最後の方の展開と序盤の伏線を同時進行で追いかけていったわけですが、絶望先生と赤木杏に直接的接点があったようには全く感じずにいました。
つまり、カフカは「昭和の少女達の霊を成仏させる」というプロジェクト(便宜上そう呼ぶ)におけるイレギュラーであった、というように読み取っていました。
意図的に集められたのはあくまで「自殺未遂者たち」であって、そこに起こった奇跡的なイレギュラーが赤木杏からの臓器移植であった。よって、カフカは想定外の存在で、絶望先生(や、絶命先生、智恵先生ら)は作中、その正体を見極めようとしていたのではないか。
そういう(いち読者の解釈ではあるが)前提が崩れ去ってしまって困惑している面もあります。

30X話自体はギャグとしてはアリアリなんですけど、冒頭の事故死の場面だけが、本当の意味での「蛇足」に思えてなりません。

なぜなら、「赤木杏を成仏させるため(あるいは杏に再会するために)昭和の少女たちと依代の少女たちを利用した」という図式が見えてきてしまうからです。
そうではなく、絶望先生はあくまで全員を救おうとした。昭和の少女達を成仏させ、遺族の心を癒し、自殺未遂者たちに生きる希望を取り戻させる、そういう少年漫画的なヒーローであってほしい・・・なんて言うと笑われてしまうでしょうか。

・・・・しかしほんとにすごい漫画です。考えれば考えるほど楽しい。そして、作中にヒントがいくらでも転がっている。全てが作者が意図したものではないとしても、作品としての懐の深さを感じます。

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