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2014年3月18日 (火)

「英雄伝説III 白き魔女」が20周年 

2014年3月18日は、個人的に特別な一日になりました。

1994年3月18日に、僕が一番好きなゲームである「英雄伝説III もうひとつの英雄たちの物語 ~白き魔女~」(タイトル長っ!)が発売されているからです。懐かしいNECのPC98シリーズ専用で、5インチまたは3.5インチの2HDフロッピー11枚組。

ただ、最初にプレイしたのは発売直後というわけではなく95年秋のこと。一年少々が経過してからでした。だって、当時はパソコン持ってなかったんだもんよ。ついでに言うと、途中までを学校のパソコンでプレイ。最後の方は自宅にようやく買った、当時すでに化石だったPC-9801RXでプレイしたのです。
(しかも、本当の最初の頃は第一章の途中で飽きて中断したことすらあるのでした。)

DTMは細々と続けているものの、作ったものをアップロード等で公開することもめっきり無くなってしまいましたが、「英雄伝説IIIが20周年だ!」ということで10年ぶりくらいにがっつり取り組んでみました。(ゲームの曲をフルオケアレンジしてみるのは、2003年の暮れに「イース6」の山ステージの曲をアレンジ・公開して以来なのです。。。)



いかがでしょうか。あまり原曲から飛躍していないし、打ち込みもバランスどりも、仕上げもまだまだ甘いかもしれません。
しかしながら、(パソコン、DAW、音源の)新しい環境で思い入れをたっぷり込め、約10日間の短期決戦で濃密に取り組み、自分的にはそこそこ満足しています。感想をいただけたら、たいへんうれしいです。


このゲームは思い入れがありすぎて、いい年をして正直どうかと思うものの、いまだに落涙を禁じ得ません。
プレイしたりBGMを聴いたりどころか、部分部分を思い出すだけで胸に込み上げてくるものがあります。
それは例えば、主人公たちがタラッタ号の甲板で波に揺られながら「20年前に巡礼の旅をした魔女とは、どういう人物だったのだろう」と初めて白き魔女に興味を抱く場面であったり、貧困にあえぐダーツの村人たちが再起を決意して明るくダンスを踊る光景であったり、ようやくたどり着いた大聖堂の街で「村も成人の儀式が巡礼の旅である」ことを「とても良い習慣を残した村なのですね」と言ってもらえたことであったりします。

ただ「どこに感動するか」というポイントはいろいろあって、歳をとるほど面白くなる・・・というと言いすぎかもしれませんが、おおむね次のように考えています。

(1)魔女の自己犠牲に対する感動
・・・言うまでもなく。なぜそんなに優しくなれるのか。世界が彼女に何をしたのか。

(2)王妃の覚悟に対する感動
・・・見落としがちですがもう一人の魔女(登場人物で、この人が一番好き)。
22年という、女性にとってあまりに長い年月を犠牲にした彼女はしかも、「勝っても、助からない」のです。それなのに、天球儀を失ってさえなお諦めないのです。

(3)老兵の失意と再起に対する感動 
・・・デュルゼルしかり、バロンしかり、ルーレしかり、ネガル島の人々しかり。
多くの大人たちの失意からの再起が繰り返し描かれており、その再起をもたらしたものが「誰」なのか、「何」なのか、ということが、とても重要なテーマになっています。
(つまりこのゲームの物語はたいへん伝統的なアレなのです。 なんと呼ぶか、定義されている名前を忘れましたが、日常に舞い込んできた闖入者が周りのみんなの抱える問題をなんとなく解決し、幸せをふりまいて去っていく・・・。そういう分類があったはず。折口信夫的な。)

(4)少年少女の心に刻まれる諸国の光景への感動
・・・16色グラフィックで描かれた2Dマップ。しかし、ティラスィールの各地の光景がプレイヤーの心にも刻まれます。だから、最後に旅を回想するシーンで胸が熱くなるのです。その感情をもたらすものはなにか、現実の旅や人生に通じる、ときに世界を旅する壮大なゲームであるRPGの本質がここにあります。ではなぜこのゲームがひときわ感動的なのか。

(5)人々の営みの普遍性に対する感動
・・・世界には誰かがいて初めて世界として成り立つことになります。原則としてすべての登場人物に名前が与えられたこのゲームでは、しかも「ゲームを・ストーリーを進めるための情報をくれる人」にとどまらず、土地とちの暮らしや人々の生活感が強調されてリアリティをもたらしており、そのことが、世界を旅した実感となって胸に迫るのです。

発売当時のメインターゲットが中高生だったと考えれば(1)がもっとも「売り」になっていたのでしょう。(実際、Windows版の発売時についてきた特典の企画書には「自己犠牲の尊さ」がテーマとして挙げられている)
ただこのゲームの物語はそういう意図を超えて奇跡的な完成を迎え、多くの角度から読み、感動を得られる懐の深さを持ったのだと思います。おそらくそのすべてがライターの意図したものでは、「ない」のでしょう。
傑作というのは不思議なもので、製作者の意図を超えた奇跡が無ければ生まれえないのだと思います。


この素晴らしいゲームが生まれて20年。
20年です。
一人の人間が成人するだけの時間が流れました。(作中では14歳で成人の儀式やっちゃってますが)
高校生だった僕はもはや中年になりました。心はずっと成長していない!と主張しているのですが。。。。

ともかく、奇しくも、このストーリーには「20年」というキーワードが通奏低音のように流れているだけに、今後も訪れる「○○周年」の中でもひときわ特別なもの、と感じ、ファンとして20周年をささやかに祝えることが、幸せで、嬉しくてたまらないのです。
欠点も無いわけではなく、絶賛している物語についてだって脚本としてみれば、特に終盤で「語りすぎ」のきらいがあります。しかしそれでも、このゲームがあらゆるゲームの中で一番好きで、物語としても一番好きでたまらん、ということに変わりはない。

ふむ。次は50周年あたりを祝いましょうかね?その頃何をやってるのかなあ。


長文、乱文、まっこと失礼いたしましたm(_ _)m

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