2017年8月28日 (月)

ドラゴンクエスト11の感想 (ネタバレなし)

発売日に購入した、プレステ4版のドラクエ11を本日よーーーーーやく終了しました。

いやー面白かった。 
プレイ時間120時間超、最終的にレベル90超えするまで、特に「経験値稼ぎ」とかまったく意識せずに遊んでました。
今回もイース8と同じように公式サイトも雑誌も見ず、事前情報ほとんど0でスタートしてたっぷり楽しみました。


○ゲームシステム、バランス等

ナンバリングタイトルのドラクエシリーズは「7」以来プレイしていなかったのですが、それだけに、今回の「11」ではゲームバランスの優しさが強く感じられました。

レベルがポンポン上がるだけでなく、「おっ そろそろ主人公がレベルアップしそうだからもうちょっと戦おう!」「主人公がレベルアップしたら、次はカミュがもうすぐレベルアップだ」「カミュの次は・・・」 といった具合にキャラクターのレベルアップがうまい具合に連続して楽しめるようになっており、戦闘がストレスになりにくいです。

レベルアップするとHP・MPが全快するし、お金もいつの間にやら余るくらい貯まるし、そのあたりは本当にストレスの少ない快適なRPGでした。

移動は徒歩・ウマ・その他モンスター乗り物、船、空飛ぶ乗り物、といったお決まりの内容ですが、ちょっと徒歩が遅く感じられるくらいかな、あとは空飛ぶ乗り物が降りられる箇所が限定されてしまっているのが残念。
モンスター乗り物はマップ探索に役立つのですが、特にドラゴンライダーの竜を乗っ取って飛べるのが楽しかったです(これができるマップが少ないのが残念)。

セーブも教会やキャンプでの定点セーブのほか、マップ切り替え等でのオートセーブがあり安心感があります。
必ずしもどこでもセーブは必要ないかもしれません。
再開時にあらすじを説明してくれるのも、親切ですね。(まー忘れることはないと思うけど…長期間中断していて再開するときなんかにありがたみを感じると思います)

○グラフィック等
グラフィックはとても良くできています。水や空を含む遠景の美しさはなかなか。どこかほのぼのしたドラクエらしさを感じます。ただ、樹木が視界を遮ることが多いのが残念。

イベント等はムービーと、通常のグラフィックがオートで動くものとの2種類が使い分けられています。ムービー部分より普段観てる部分のほうが、キャラクターが鳥山明っぽくて親しみがもてるのがちょっと残念かも。女の子も通常時のほうが可愛い笑

ただどうしても感じてしまうのは、ここまで精細で美しいグラフィックなのに動き・行動が制限されることで生まれる違和感です。マップでは見えない壁があって進めなかったり、「そのくらいの段差(斜面)なら登れるだろ!」とか、「そこは飛び降りられるだろ!」とか。
また、読める本が限定されていたり、椅子やベッドが使えない、ツボを調べるときに「割る」という余計なアクションをしますが、同じような感じでお皿なんかも持てたりしないの?とか。
どうしても、ウルティマをやった事があるとこういう部分でストレスを感じました。

ビーチとカジノを擁するソルティコの街では、ビーチを眺められるベンチ等が用意されていてとても美しく、ワクワクする観光地らしさを出しています。ところが、プレイヤーは主人公をその椅子に座らせることが出来ないのです。

○音楽
今回生演奏のサウンドはオープニングだけのようで、あとはPS4の内蔵音源(あるの?)なのでしょうか。
それとも、打ち込みのサウンドを録音したオーディオをストリーミングしているのでしょうか。
すぎやまこういちさんは、過去のドラクエでも「ゲームに生演奏を使うこと」には慎重な姿勢です。11でもそうだったのかもしれませんね。個人的には違和感を感じないのですが不評のようです。

どちらかというと、過去作の曲が大量に使われていて11の新曲が少なく感じられるのが残念です。
でも、「7」の悲しい曲なんか大好きですので、効果的に使われていて嬉しかったりも。

○シナリオ等
ネタバレ無しですので、内容には触れないように感想を書きます。
今回もドラクエ恒例で「クリア後」が存在しますが、それがもう「おまけ」じゃなくて「続き」こりゃすごい(^^;

で、一回目のエンディングまでは、イベントシーンでゲーム部分を繋いだ感じの進行が多いです。FFっぽい?あれもずっとやっていませんが。個人的にはモータルコンバット8以降のストーリーモードに近いものを感じます。
わかりにくいですね。

エンディングを観た後、いわゆるクリア後に入ると…
これが一気に変わってきて、大きな目標とそのための必須イベントがいくつか。
で、あとはあちこちの土地を巡って「もうラスボスに挑戦してよいだろう」とプレイヤー自身が判断するまで好きなだけ自由に冒険できます。サブイベント等も盛り沢山ですし、その過程でもちろんレベルもあがるし、様々な装備品も入手できます。
最低限のレベルで挑んで死闘を繰り広げた人もいれば、僕みたいに寄り道に寄り道を繰り返してからようやくラスボスに向かった人もいるでしょうし、かなりプレイヤーによって展開が変わってくるのではないでしょうか。

このように、一回目のエンディングを境に前半、後半でかなり物語性やゲーム性が変わるのが今回一番面白いポイントだな、と思いました。


というわけで、今度はぜひ3DS版もやってみようと思います!

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2017年6月21日 (水)

イース30周年記念! 全曲(+α)アレンジを製作しました。

2017年6月21日は、PC8801版イースの発売からちょうど30年ということになるのだそうです。
この「イース30周年」にささやかに何かしたく、昨年の秋頃から「イース1の全曲アレンジバージョンを作ろう」と決めて気長に取り組んでおりました。
本当は未使用曲とエターナルの追加曲まで網羅したかったのですが時間が足りず、未使用曲を一部取り込んだ「全曲(+α)といった体になっています。88版使用曲で入ってないのは「temple del sol」くらいです。

手持ちのシンセやプラグインをほとんど総動員して、原曲のイメージをあまり崩さず(言いかえると、ゲームにそのまんま使えそうな感じ)に仕上げてみました。ぜひ聴いて、何かコメントをいただけるととても嬉しく思います。

自分は88版からのファンというわけではなく、最初にプレイしたのは90年代に入ってからでしかもファミコン版だったりしますが、それでもイースは自分にとって特別なゲームで、30年も続いていることが素直に「スゲエ」という感想です。
イース8もド傑作でしたし、シリーズはまだまだ安泰でしょう。
次は50周年の節目をお祝いできることを、心から楽しみにしております。



ニコニコ動画



Youtube動画はこちら

↓続きから、で各曲解説など。よろしければぜひご一読ください。

続きを読む "イース30周年記念! 全曲(+α)アレンジを製作しました。"

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2017年2月 5日 (日)

グラビティデイズ2の感想

1/21に発売されたグラビティデイズ2をようやくクリアしました。
思ってたより長くて大変でしたが、面白かったです。ちょっと長くなるかもしれませんがレビューしたいと思います。
ネタバレは少ししています。
また、前作はVitaと一緒に購入してプレイ済みです。

Gra2_1


○プレイ時間
表示にバグがあるのか、200時間近くかかっています。体感だと40時間程度。
今回難易度が結構高く、戦闘以外のアクションで相当手こずりました。ストーリーミッションで狭い通路を時間内に駆け抜けなければならない(後ろからどんどん狭くなって塞がっていく)エピソードがあるのですが、ここだけで3時間以上行き詰まりました。

○良かった所
・タイトル画面。ゲーム進行度に合わせてアンロックされる名場面集がランダムに表示される。ずーっと見ていられる
・色彩豊かな街並みや、バリエーション豊富な登場人物(デザインなんかも)
・ドラマティックなもの、背景音楽に徹したものも、無音になったりする場面、声も含めた音楽・サウンドの良さ。
・バラエティ豊富なサイドミッション。「バトルナース」という映画のスタントをするやつが最高に面白かったです。最後に爆発をバックに華麗なジャンプを決めないといけないの。ばっちり一時停止で見せてくれて、大笑いしましたw
・とりあえず前作の謎が解けることは解ける。
・エンディングの演出がとてもよい!
・Dr.ブレフマンがとても印象的。カーリィも。
・リザ様が素敵。
・キトゥンちゃんかわいい。キトゥンちゃんかわいい。

○不満点
・根本的に操作性が悪い。ふらつきの大きさや敵/ターゲットの狙いにくさ。敵マークに合わせて方向転換したときにはもういなうなっているなど(標準速度で追従できるようにデザインするべきだろ)。
・デザイン性を優先したのか、前作よりターゲットマークが地味になり見づらくなった。敵を狙えない、(レースイベントなどで)チェックポイントを狙えない、狭い通路を抜けるときに壁に何度もぶつかる。本作最大のストレスでした。
・デザイン性を優先したのか、前作より方向マークが見づらくなった。(三角じゃなく、「矢印」になっていればまだよいのだが・・・)
・カメラワークが悪すぎて、自分が向いている方向を見失いやすい。特にミッション時には非常にイライラする
・物語の消化不良や描写の下手さ。特に最後の「選択」の唐突さは・・・。全体に監督?の頭の中だけで完璧な出来になっている、自己陶酔的な仕上がり。

○詳しい感想
ストーリーについて。

もしかして、この作品は本来3部作、4部作になる予定だったのではないか・・・?と勘ぐってしまうような構成でした。

・1と2の間に別のエピソードがあり、アニメで語られますが観てない人はどうするのか。2の冒頭は1のエンディングとつながっていないのでかなり混乱。DLCで配信されるクロウの話とアニメの内容を合わせて1つのゲームにするのは難しそうだし、本来どういう構成であるべきか、というのを考えるとなかなかたいへんそう。
・2の1~3章は一つの物語ではあるが、1の続編という色彩が薄い。三部作の真中と捉えるとしっくり。

・2の終章は1の謎解きが中心だが、本当に謎解きばかりで駆け足。ドラマ性が足りず時間的にも(終章を単体の完結編としてみれば)ボリューム不足。
また、「金色に光る女」というキーキャラの扱いがぞんざいすぎる。あれも、本来なら悪役ではないのが○○王のせいで戦って倒さざるをえなくなったのだろうか。


世界観など

上のほうで褒めてますがそれって見た目についてだけです。声を大にして言いたいことがあります…

「これだけ緻密に作ってあるのにハリボテなのはどうにかならないのかよ!」

1のときもそうでしたが、非常に複雑かつ緻密にデザインされた立体的な街並みは芸術級です。このゲームの「重力操作」のシステム上、建物の壁や下側(島の真下など)も自由に歩けるわけですが、そういうどこを足場にされても大丈夫なデザインで、美しく、地域ごとの差がしっかりとある。あまりに素晴らしい仕事です。

しかし、世界観というのはそれでよいのでしょうか?

2で印象的なものの一つに「食」があります。
序盤では「働かざるもの食うべからず」と言われひもじい思いをする主人公。
魅力的な、活気あふれる市場については肉串がうまい、と言われるシーン、「無重力ケーキ」という幻のスイーツを巡ってのすったもんだ。
オージン親子が経営する屋台のソフトクリーム。などなど・・・

しかしこれらはイベントだけで、あんな魅力的な屋台で自由に食べ歩いてみることは、出来ません。イベントで食べてみることも実はほとんど出来ません。


建物は無数にありますが、中に入ってみることは、出来ません。決まったイベントのある所(数えるほどしかない)で背景の一枚絵が出るだけ。

グラフィックも相当な種類のあるモブキャラも、何百人いるんでしょうか?しかし、イベントで決まっているとき・相手以外にはまともに話しかけることもできません。


なので、僕はこのゲームの世界観がとてもさみしいものに感じました。見た目があれだけ優れているのに、本当に中身がない。このゲームは確かにすごい作品なのですが、作った方々が「これでよい」と考えているなら未来はないですよ本当に。

まあ、面白かったのは確かですが、ちょっと上述の操作性・難易度のストレスが高すぎて、2周めをやる気にはなれません。やりこみ要素が豊富なのを自慢するのは結構ですが、そんなものより本編で満足させてくれよ。
キトゥンちゃん※のかわいさがなければ30点くらいと評価します。


※終章でキトゥンちゃんの出自もいちおうわかるのですが、ああなった経緯やああいう性格になった背景が全然描かれていない。こんな大事なところも「見た目だけ」しか作れていないわけです。
まあその見た目が飛び抜けて優れている、そこは本当に素晴らしい作品なんですけど。
見た目という、時代の技術で変わっていくものにすがった作品は、寿命が短いかもしれないよっと。

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2017年1月 8日 (日)

今年は「イース」が30周年

<追記>
イース30周年記念・イース1全曲(+α)アレンジ 完成いたしました。
ぜひ聴いてください。

あけましておめでとうございます。

ブログが放置状態になって長いのですが、Twitter等の手軽さに負けて・・・というのが正直なところです。
時々まとまった記事を書きたくなることもあるのですが、それでもどうにも怠けてしまい。

さて、今年はタイトルのとおり、1987年に発売された「イース」の30周年となります。
同年は他にも「ドラゴンスレイヤーIV」や「ソーサリアン」、「探偵 神宮寺三郎」、ファイナルファンタジー1など、個人的に好きなゲームがいくつか出ていますが、これらの中ではやっぱり「イース」が一番好きですので、実は昨年10月からこつこつと、「イースの全曲アレンジバージョン」を作っています。

途中経過をいくつかSound Cloudにアップロードしましたので、ブログにも貼っておきますね。


最初に未使用曲を含めた全曲をGM音源(KAWAIのGMegaを使用)で耳コピしたものを用意し、以降はそれをもとに編曲して進めています。未使用曲まで全曲をやりたいのですが恐らく間に合わない気がしていまして、すると「イースエターナル」で使用されるようになった曲を含めるか、88版の全曲+好きな未使用曲、という形にするか悩んでいます。

とりあえずすでに「レアの詩」を入れていますので、88版の曲限定ということにはならなそうです。

昨年のイース8は素晴らしい出来でした。今年はこれのPS4版も発売されますし、まだまだ楽しみなシリーズですね。
僕もいい歳ですが、イースと英雄伝説(ガガーブ三部作)、あとウルティマは一生遊び続けると思います。

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2015年10月20日 (火)

15年ぶりのPC98「朱紅い雫」

Ed4_zarl

少し前から、Anex86と当時のCD-ROM実物を使用してPC98版の朱紅い雫をプレイしています。EGG版も買っているのですが、この構成だと当時買った改造ツールも使用できるものですから。
今回は、プレイ時間を短縮するために当時の改造ツール「SADIST」を使用し、「技能力」「精神力」のみチートを行ってプレイを進めています。
邪道ですが、この二つのパラメータはともに攻撃・回避の成功率に関係するもので、チートにより決定的な有利は得られません。あくまでもダメージは食らう可能性があるのです。お金や経験値も、稼ぎやすくはなっていますが稼ぎ不要には決してなりません。
元々のゲームバランスを適度に緩和しつつ楽しめるかと。

とりあえずパーティはメインをアヴィン・ルティス・コンロッド・エレノア、とフリー枠を不人気メンバー笑で固め、オープンシナリオにあわせて適宜入れ替えをしつつ進めています。

進捗は第三部(オープンシナリオの三期)に入ったところです。

いろいろと、散漫に考察をしながらプレイしています。Twitterでも書いていますが・・・

「マドラムは人物配置上、アヴィンのライバルではなく伏線のためにシャノンに対応したキャラクターである」

とか

「真実の島からの帰り、テキストを読解する事でアヴィンがエスぺランサーの名付け親であることがより補強される」

とか

昔漠然と感じたことや、思いもよらなかったことがたくさんあり。
やはり、旧朱紅い雫の脚本は優れていると思ったのでした。

いつになるやらわかりませんが、ちゃんとまとめた形の記事にしますね。

とりあえずお気に入りのシーン


Ed4_dina
ディナーケンが人質のとき

Ed4_shano
シャノンが人質のとき


アヴィン、お前って奴は・・・・。

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2014年3月18日 (火)

「英雄伝説III 白き魔女」が20周年 

2014年3月18日は、個人的に特別な一日になりました。

1994年3月18日に、僕が一番好きなゲームである「英雄伝説III もうひとつの英雄たちの物語 ~白き魔女~」(タイトル長っ!)が発売されているからです。懐かしいNECのPC98シリーズ専用で、5インチまたは3.5インチの2HDフロッピー11枚組。

ただ、最初にプレイしたのは発売直後というわけではなく95年秋のこと。一年少々が経過してからでした。だって、当時はパソコン持ってなかったんだもんよ。ついでに言うと、途中までを学校のパソコンでプレイ。最後の方は自宅にようやく買った、当時すでに化石だったPC-9801RXでプレイしたのです。
(しかも、本当の最初の頃は第一章の途中で飽きて中断したことすらあるのでした。)

DTMは細々と続けているものの、作ったものをアップロード等で公開することもめっきり無くなってしまいましたが、「英雄伝説IIIが20周年だ!」ということで10年ぶりくらいにがっつり取り組んでみました。(ゲームの曲をフルオケアレンジしてみるのは、2003年の暮れに「イース6」の山ステージの曲をアレンジ・公開して以来なのです。。。)



いかがでしょうか。あまり原曲から飛躍していないし、打ち込みもバランスどりも、仕上げもまだまだ甘いかもしれません。
しかしながら、(パソコン、DAW、音源の)新しい環境で思い入れをたっぷり込め、約10日間の短期決戦で濃密に取り組み、自分的にはそこそこ満足しています。感想をいただけたら、たいへんうれしいです。


このゲームは思い入れがありすぎて、いい年をして正直どうかと思うものの、いまだに落涙を禁じ得ません。
プレイしたりBGMを聴いたりどころか、部分部分を思い出すだけで胸に込み上げてくるものがあります。
それは例えば、主人公たちがタラッタ号の甲板で波に揺られながら「20年前に巡礼の旅をした魔女とは、どういう人物だったのだろう」と初めて白き魔女に興味を抱く場面であったり、貧困にあえぐダーツの村人たちが再起を決意して明るくダンスを踊る光景であったり、ようやくたどり着いた大聖堂の街で「村も成人の儀式が巡礼の旅である」ことを「とても良い習慣を残した村なのですね」と言ってもらえたことであったりします。

ただ「どこに感動するか」というポイントはいろいろあって、歳をとるほど面白くなる・・・というと言いすぎかもしれませんが、おおむね次のように考えています。

(1)魔女の自己犠牲に対する感動
・・・言うまでもなく。なぜそんなに優しくなれるのか。世界が彼女に何をしたのか。

(2)王妃の覚悟に対する感動
・・・見落としがちですがもう一人の魔女(登場人物で、この人が一番好き)。
22年という、女性にとってあまりに長い年月を犠牲にした彼女はしかも、「勝っても、助からない」のです。それなのに、天球儀を失ってさえなお諦めないのです。

(3)老兵の失意と再起に対する感動 
・・・デュルゼルしかり、バロンしかり、ルーレしかり、ネガル島の人々しかり。
多くの大人たちの失意からの再起が繰り返し描かれており、その再起をもたらしたものが「誰」なのか、「何」なのか、ということが、とても重要なテーマになっています。
(つまりこのゲームの物語はたいへん伝統的なアレなのです。 なんと呼ぶか、定義されている名前を忘れましたが、日常に舞い込んできた闖入者が周りのみんなの抱える問題をなんとなく解決し、幸せをふりまいて去っていく・・・。そういう分類があったはず。折口信夫的な。)

(4)少年少女の心に刻まれる諸国の光景への感動
・・・16色グラフィックで描かれた2Dマップ。しかし、ティラスィールの各地の光景がプレイヤーの心にも刻まれます。だから、最後に旅を回想するシーンで胸が熱くなるのです。その感情をもたらすものはなにか、現実の旅や人生に通じる、ときに世界を旅する壮大なゲームであるRPGの本質がここにあります。ではなぜこのゲームがひときわ感動的なのか。

(5)人々の営みの普遍性に対する感動
・・・世界には誰かがいて初めて世界として成り立つことになります。原則としてすべての登場人物に名前が与えられたこのゲームでは、しかも「ゲームを・ストーリーを進めるための情報をくれる人」にとどまらず、土地とちの暮らしや人々の生活感が強調されてリアリティをもたらしており、そのことが、世界を旅した実感となって胸に迫るのです。

発売当時のメインターゲットが中高生だったと考えれば(1)がもっとも「売り」になっていたのでしょう。(実際、Windows版の発売時についてきた特典の企画書には「自己犠牲の尊さ」がテーマとして挙げられている)
ただこのゲームの物語はそういう意図を超えて奇跡的な完成を迎え、多くの角度から読み、感動を得られる懐の深さを持ったのだと思います。おそらくそのすべてがライターの意図したものでは、「ない」のでしょう。
傑作というのは不思議なもので、製作者の意図を超えた奇跡が無ければ生まれえないのだと思います。


この素晴らしいゲームが生まれて20年。
20年です。
一人の人間が成人するだけの時間が流れました。(作中では14歳で成人の儀式やっちゃってますが)
高校生だった僕はもはや中年になりました。心はずっと成長していない!と主張しているのですが。。。。

ともかく、奇しくも、このストーリーには「20年」というキーワードが通奏低音のように流れているだけに、今後も訪れる「○○周年」の中でもひときわ特別なもの、と感じ、ファンとして20周年をささやかに祝えることが、幸せで、嬉しくてたまらないのです。
欠点も無いわけではなく、絶賛している物語についてだって脚本としてみれば、特に終盤で「語りすぎ」のきらいがあります。しかしそれでも、このゲームがあらゆるゲームの中で一番好きで、物語としても一番好きでたまらん、ということに変わりはない。

ふむ。次は50周年あたりを祝いましょうかね?その頃何をやってるのかなあ。


長文、乱文、まっこと失礼いたしましたm(_ _)m

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2013年8月 4日 (日)

6年半ぶりに「ブランディッシュ4」

実は先日から「ブランディッシュ4」をプレイしていました。
本当はPC-9801版の「ブランディッシュVT」がやりたかったのですが・・・・。 上京するときに持ってきたはずだったのに、どこを探しても見つからない。それで仕方なく、リメイク版である「4」を。

これと全く同じ経緯を6年前にも経験してまして、その時はクレールのダークルートで遊んだのです。

で、今回は6年前にもやった、ということを綺麗サッパリ忘れてまして(笑)
終盤まで進めて「あれー?」となったあたりでやっと思い出したという始末。歳なんでしょうか(--;

Clare_yoko


Clare_dark


Clare_d_beast


Clare_score2013

ああ、やっぱりクレールは可愛いなあ。
ゲームの女性キャラでは一番好きかもしれん。なにせ、ブランディッシュ4の前身のブランディッシュVTが一番最初に発表された時、まだブランディッシュシリーズになる予定ではなくて「開発コードネームVT」として発表されていた時、画面写真と一緒に最初に発表されたクレールのイラストを見た時から好きなんですよ。
その時は、まだ名前も明らかになってないし絵自体もちょっと違ったんですけれどもね。
(デザイン自体は一緒なのですが、製品版のマニュアル等には一切登場しなかった絵です。)

そういう雑誌記事とか、当然ながらweb上では見られないものも多くて。
ほとんど処分してしまったのが悔やまれます。

しかしまあ、前回(2007年)の時にも同じ事を書いてますが、なんというか古くならないゲームですね。
グラフィックやサウンドは古くなっても、プレイ感覚はいつでも新鮮というか、面白いです。
ブランディッシュは1~4まで、本当にいいゲームだなあ。

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2013年1月 4日 (金)

ガガーブトリロジーを考える その3

あけましておめでとうございます。

EGGで遊んでいる英雄伝説3は現在、第四章の途中まで進めることができました。
ここはゲーム全体のちょうど真ん中にあたり、かつ、そもそもの目的である巡礼の目的地でもあり、巡礼が終わったあとは帰り道ということになります。

その上、ジュリオが(旅立ち前のイノシシ退治を除けば)初めて一人で旅をしたり、最後の魔法の鏡を見ることでストーリー後半へ向けて世界を巻き込んで進行している陰謀が見え隠れし始める重大な章でもあり、こういうのがちょうど真ん中に配置されてる、というのはとてもきれいな構成ですね。

また、上記のとおり巡礼の目的地がオルドスであり、さらに道中で呪いをかけられてしまったクリス(とグース)を助けるための希望はとにかくオルドスに着くことであり、そんなオルドスという土地で、BGMには主人公の故郷の村と同じ
フレーズが使われています。ようやくたどり着いた安堵感を、故郷の曲のフレーズで演出する。
これは本当に素晴らしいです。白き魔女は画面を見てると本当に地味なゲームなのですが、演出のレベルは今でも最高峰だと思います。


そんな導入部とはあまり関係なく、今回は、白き魔女と朱紅い雫に共通するシステム上のテーマについて考えていることを書いていきます。

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2012年12月28日 (金)

ガガーブトリロジーについて考える その2

リメイク版じゃなくてオリジナル版の「朱紅い雫」が「白き魔女の続編」なのにはそれなりに理由があるんだよー!と訴えたいがための記事2回目です。

前回は、「朱紅い雫は白き魔女の対極として作られている」という持論に則り、アヴィンとジュリオという両作品の主人公がどのように対比されているか、を振り返りました。
もちろん主人公ズは好対照をなしているだけではなく、同一性も描かれています。
対比に比べれば根拠が弱くなってしまいますが、アヴィンはきっと、本当ならジュリオのように明るく朗らかな少年に育っていったのでしょう。(希望を感じさせる子供だった、というガウェインの言葉は前作を踏まえると、そのような意味に解釈できる。)

今回の前段としてアヴィンの人物像を見直してみます。

アヴィンというキャラクターはリメイク版においては単純な「熱血漢」というイメージが全面に出されていました。
これは成功していて、とても素直に感情移入の出来る優れた主人公像だったのですが、オリジナル版である98版のアヴィンはもう少し複雑です。
本質的には正義感が強くて思いやりがある熱血漢なのですが、肝となるのは前回も触れたアヴィンの生い立ち、成長過程。
幼い日にかけがえのない両親を喪失し、妹と別れるつらい決心をした彼は焦燥感、不安、孤独、そういったものを抱えて成長します。結果として、熱血漢という本質はややクール目な、斜に構えた、ひねくれた、諦観的(というかマイナス思考)な人物という印象をまとってしまっているのです。

彼がその本質を見せる相手は基本的にマイルかアイメル、だけでした。

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2012年12月26日 (水)

ガガーブトリロジーについて考える

久しぶりに書きます。セルセタの樹海については、記事にするタイミングを逸した感があるのでまた別の機会に・・・・
じゃあなんでいまさらガガーブなんだよ、と言いますと、今遊んでいるからです(笑)

まず、僕の好みからくる大前提として・・・・
「英雄伝説IV 朱紅い雫」は、98版(または、その移植であるプレステ版)が「ホンモノ」であり、「ガガーブ三部作の二作目としての朱紅い雫」はこっちです。
Windows版になったときに設定がかなり変更・追加され、一見するとこっちのほうが三部作のひとつとしてふさわしいように見えてしまうのですが、個人的には逆だったりします。

では、なぜ98版のほうが「三部作の二作目」としてふさわしいと感じているのか、そのあたりを書いてみたいと思います。

ただし誤解の無いようにしたいのは、僕はWindows版も大好きだ、ということです。単品どうしで比較して、Windows版が98版よりつまらないと感じる人はいないでしょう!

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