2017年2月 5日 (日)

グラビティデイズ2の感想

1/21に発売されたグラビティデイズ2をようやくクリアしました。
思ってたより長くて大変でしたが、面白かったです。ちょっと長くなるかもしれませんがレビューしたいと思います。
ネタバレは少ししています。
また、前作はVitaと一緒に購入してプレイ済みです。

Gra2_1


○プレイ時間
表示にバグがあるのか、200時間近くかかっています。体感だと40時間程度。
今回難易度が結構高く、戦闘以外のアクションで相当手こずりました。ストーリーミッションで狭い通路を時間内に駆け抜けなければならない(後ろからどんどん狭くなって塞がっていく)エピソードがあるのですが、ここだけで3時間以上行き詰まりました。

○良かった所
・タイトル画面。ゲーム進行度に合わせてアンロックされる名場面集がランダムに表示される。ずーっと見ていられる
・色彩豊かな街並みや、バリエーション豊富な登場人物(デザインなんかも)
・ドラマティックなもの、背景音楽に徹したものも、無音になったりする場面、声も含めた音楽・サウンドの良さ。
・バラエティ豊富なサイドミッション。「バトルナース」という映画のスタントをするやつが最高に面白かったです。最後に爆発をバックに華麗なジャンプを決めないといけないの。ばっちり一時停止で見せてくれて、大笑いしましたw
・とりあえず前作の謎が解けることは解ける。
・エンディングの演出がとてもよい!
・Dr.ブレフマンがとても印象的。カーリィも。
・リザ様が素敵。
・キトゥンちゃんかわいい。キトゥンちゃんかわいい。

○不満点
・根本的に操作性が悪い。ふらつきの大きさや敵/ターゲットの狙いにくさ。敵マークに合わせて方向転換したときにはもういなうなっているなど(標準速度で追従できるようにデザインするべきだろ)。
・デザイン性を優先したのか、前作よりターゲットマークが地味になり見づらくなった。敵を狙えない、(レースイベントなどで)チェックポイントを狙えない、狭い通路を抜けるときに壁に何度もぶつかる。本作最大のストレスでした。
・デザイン性を優先したのか、前作より方向マークが見づらくなった。(三角じゃなく、「矢印」になっていればまだよいのだが・・・)
・カメラワークが悪すぎて、自分が向いている方向を見失いやすい。特にミッション時には非常にイライラする
・物語の消化不良や描写の下手さ。特に最後の「選択」の唐突さは・・・。全体に監督?の頭の中だけで完璧な出来になっている、自己陶酔的な仕上がり。

○詳しい感想
ストーリーについて。

もしかして、この作品は本来3部作、4部作になる予定だったのではないか・・・?と勘ぐってしまうような構成でした。

・1と2の間に別のエピソードがあり、アニメで語られますが観てない人はどうするのか。2の冒頭は1のエンディングとつながっていないのでかなり混乱。DLCで配信されるクロウの話とアニメの内容を合わせて1つのゲームにするのは難しそうだし、本来どういう構成であるべきか、というのを考えるとなかなかたいへんそう。
・2の1~3章は一つの物語ではあるが、1の続編という色彩が薄い。三部作の真中と捉えるとしっくり。

・2の終章は1の謎解きが中心だが、本当に謎解きばかりで駆け足。ドラマ性が足りず時間的にも(終章を単体の完結編としてみれば)ボリューム不足。
また、「金色に光る女」というキーキャラの扱いがぞんざいすぎる。あれも、本来なら悪役ではないのが○○王のせいで戦って倒さざるをえなくなったのだろうか。


世界観など

上のほうで褒めてますがそれって見た目についてだけです。声を大にして言いたいことがあります…

「これだけ緻密に作ってあるのにハリボテなのはどうにかならないのかよ!」

1のときもそうでしたが、非常に複雑かつ緻密にデザインされた立体的な街並みは芸術級です。このゲームの「重力操作」のシステム上、建物の壁や下側(島の真下など)も自由に歩けるわけですが、そういうどこを足場にされても大丈夫なデザインで、美しく、地域ごとの差がしっかりとある。あまりに素晴らしい仕事です。

しかし、世界観というのはそれでよいのでしょうか?

2で印象的なものの一つに「食」があります。
序盤では「働かざるもの食うべからず」と言われひもじい思いをする主人公。
魅力的な、活気あふれる市場については肉串がうまい、と言われるシーン、「無重力ケーキ」という幻のスイーツを巡ってのすったもんだ。
オージン親子が経営する屋台のソフトクリーム。などなど・・・

しかしこれらはイベントだけで、あんな魅力的な屋台で自由に食べ歩いてみることは、出来ません。イベントで食べてみることも実はほとんど出来ません。


建物は無数にありますが、中に入ってみることは、出来ません。決まったイベントのある所(数えるほどしかない)で背景の一枚絵が出るだけ。

グラフィックも相当な種類のあるモブキャラも、何百人いるんでしょうか?しかし、イベントで決まっているとき・相手以外にはまともに話しかけることもできません。


なので、僕はこのゲームの世界観がとてもさみしいものに感じました。見た目があれだけ優れているのに、本当に中身がない。このゲームは確かにすごい作品なのですが、作った方々が「これでよい」と考えているなら未来はないですよ本当に。

まあ、面白かったのは確かですが、ちょっと上述の操作性・難易度のストレスが高すぎて、2周めをやる気にはなれません。やりこみ要素が豊富なのを自慢するのは結構ですが、そんなものより本編で満足させてくれよ。
キトゥンちゃん※のかわいさがなければ30点くらいと評価します。


※終章でキトゥンちゃんの出自もいちおうわかるのですが、ああなった経緯やああいう性格になった背景が全然描かれていない。こんな大事なところも「見た目だけ」しか作れていないわけです。
まあその見た目が飛び抜けて優れている、そこは本当に素晴らしい作品なんですけど。
見た目という、時代の技術で変わっていくものにすがった作品は、寿命が短いかもしれないよっと。

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2017年1月 8日 (日)

今年は「イース」が30周年

あけましておめでとうございます。

ブログが放置状態になって長いのですが、Twitter等の手軽さに負けて・・・というのが正直なところです。
時々まとまった記事を書きたくなることもあるのですが、それでもどうにも怠けてしまい。

さて、今年はタイトルのとおり、1987年に発売された「イース」の30周年となります。
同年は他にも「ドラゴンスレイヤーIV」や「ソーサリアン」、「探偵 神宮寺三郎」、ファイナルファンタジー1など、個人的に好きなゲームがいくつか出ていますが、これらの中ではやっぱり「イース」が一番好きですので、実は昨年10月からこつこつと、「イースの全曲アレンジバージョン」を作っています。

途中経過をいくつかSound Cloudにアップロードしましたので、ブログにも貼っておきますね。


最初に未使用曲を含めた全曲をGM音源(KAWAIのGMegaを使用)で耳コピしたものを用意し、以降はそれをもとに編曲して進めています。未使用曲まで全曲をやりたいのですが恐らく間に合わない気がしていまして、すると「イースエターナル」で使用されるようになった曲を含めるか、88版の全曲+好きな未使用曲、という形にするか悩んでいます。

とりあえずすでに「レアの詩」を入れていますので、88版の曲限定ということにはならなそうです。

昨年のイース8は素晴らしい出来でした。今年はこれのPS4版も発売されますし、まだまだ楽しみなシリーズですね。
僕もいい歳ですが、イースと英雄伝説(ガガーブ三部作)、あとウルティマは一生遊び続けると思います。

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2015年10月20日 (火)

15年ぶりのPC98「朱紅い雫」

Ed4_zarl

少し前から、Anex86と当時のCD-ROM実物を使用してPC98版の朱紅い雫をプレイしています。EGG版も買っているのですが、この構成だと当時買った改造ツールも使用できるものですから。
今回は、プレイ時間を短縮するために当時の改造ツール「SADIST」を使用し、「技能力」「精神力」のみチートを行ってプレイを進めています。
邪道ですが、この二つのパラメータはともに攻撃・回避の成功率に関係するもので、チートにより決定的な有利は得られません。あくまでもダメージは食らう可能性があるのです。お金や経験値も、稼ぎやすくはなっていますが稼ぎ不要には決してなりません。
元々のゲームバランスを適度に緩和しつつ楽しめるかと。

とりあえずパーティはメインをアヴィン・ルティス・コンロッド・エレノア、とフリー枠を不人気メンバー笑で固め、オープンシナリオにあわせて適宜入れ替えをしつつ進めています。

進捗は第三部(オープンシナリオの三期)に入ったところです。

いろいろと、散漫に考察をしながらプレイしています。Twitterでも書いていますが・・・

「マドラムは人物配置上、アヴィンのライバルではなく伏線のためにシャノンに対応したキャラクターである」

とか

「真実の島からの帰り、テキストを読解する事でアヴィンがエスぺランサーの名付け親であることがより補強される」

とか

昔漠然と感じたことや、思いもよらなかったことがたくさんあり。
やはり、旧朱紅い雫の脚本は優れていると思ったのでした。

いつになるやらわかりませんが、ちゃんとまとめた形の記事にしますね。

とりあえずお気に入りのシーン


Ed4_dina
ディナーケンが人質のとき

Ed4_shano
シャノンが人質のとき


アヴィン、お前って奴は・・・・。

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2014年3月18日 (火)

「英雄伝説III 白き魔女」が20周年 

2014年3月18日は、個人的に特別な一日になりました。

1994年3月18日に、僕が一番好きなゲームである「英雄伝説III もうひとつの英雄たちの物語 ~白き魔女~」(タイトル長っ!)が発売されているからです。懐かしいNECのPC98シリーズ専用で、5インチまたは3.5インチの2HDフロッピー11枚組。

ただ、最初にプレイしたのは発売直後というわけではなく95年秋のこと。一年少々が経過してからでした。だって、当時はパソコン持ってなかったんだもんよ。ついでに言うと、途中までを学校のパソコンでプレイ。最後の方は自宅にようやく買った、当時すでに化石だったPC-9801RXでプレイしたのです。
(しかも、本当の最初の頃は第一章の途中で飽きて中断したことすらあるのでした。)

DTMは細々と続けているものの、作ったものをアップロード等で公開することもめっきり無くなってしまいましたが、「英雄伝説IIIが20周年だ!」ということで10年ぶりくらいにがっつり取り組んでみました。(ゲームの曲をフルオケアレンジしてみるのは、2003年の暮れに「イース6」の山ステージの曲をアレンジ・公開して以来なのです。。。)



いかがでしょうか。あまり原曲から飛躍していないし、打ち込みもバランスどりも、仕上げもまだまだ甘いかもしれません。
しかしながら、(パソコン、DAW、音源の)新しい環境で思い入れをたっぷり込め、約10日間の短期決戦で濃密に取り組み、自分的にはそこそこ満足しています。感想をいただけたら、たいへんうれしいです。


このゲームは思い入れがありすぎて、いい年をして正直どうかと思うものの、いまだに落涙を禁じ得ません。
プレイしたりBGMを聴いたりどころか、部分部分を思い出すだけで胸に込み上げてくるものがあります。
それは例えば、主人公たちがタラッタ号の甲板で波に揺られながら「20年前に巡礼の旅をした魔女とは、どういう人物だったのだろう」と初めて白き魔女に興味を抱く場面であったり、貧困にあえぐダーツの村人たちが再起を決意して明るくダンスを踊る光景であったり、ようやくたどり着いた大聖堂の街で「村も成人の儀式が巡礼の旅である」ことを「とても良い習慣を残した村なのですね」と言ってもらえたことであったりします。

ただ「どこに感動するか」というポイントはいろいろあって、歳をとるほど面白くなる・・・というと言いすぎかもしれませんが、おおむね次のように考えています。

(1)魔女の自己犠牲に対する感動
・・・言うまでもなく。なぜそんなに優しくなれるのか。世界が彼女に何をしたのか。

(2)王妃の覚悟に対する感動
・・・見落としがちですがもう一人の魔女(登場人物で、この人が一番好き)。
22年という、女性にとってあまりに長い年月を犠牲にした彼女はしかも、「勝っても、助からない」のです。それなのに、天球儀を失ってさえなお諦めないのです。

(3)老兵の失意と再起に対する感動 
・・・デュルゼルしかり、バロンしかり、ルーレしかり、ネガル島の人々しかり。
多くの大人たちの失意からの再起が繰り返し描かれており、その再起をもたらしたものが「誰」なのか、「何」なのか、ということが、とても重要なテーマになっています。
(つまりこのゲームの物語はたいへん伝統的なアレなのです。 なんと呼ぶか、定義されている名前を忘れましたが、日常に舞い込んできた闖入者が周りのみんなの抱える問題をなんとなく解決し、幸せをふりまいて去っていく・・・。そういう分類があったはず。折口信夫的な。)

(4)少年少女の心に刻まれる諸国の光景への感動
・・・16色グラフィックで描かれた2Dマップ。しかし、ティラスィールの各地の光景がプレイヤーの心にも刻まれます。だから、最後に旅を回想するシーンで胸が熱くなるのです。その感情をもたらすものはなにか、現実の旅や人生に通じる、ときに世界を旅する壮大なゲームであるRPGの本質がここにあります。ではなぜこのゲームがひときわ感動的なのか。

(5)人々の営みの普遍性に対する感動
・・・世界には誰かがいて初めて世界として成り立つことになります。原則としてすべての登場人物に名前が与えられたこのゲームでは、しかも「ゲームを・ストーリーを進めるための情報をくれる人」にとどまらず、土地とちの暮らしや人々の生活感が強調されてリアリティをもたらしており、そのことが、世界を旅した実感となって胸に迫るのです。

発売当時のメインターゲットが中高生だったと考えれば(1)がもっとも「売り」になっていたのでしょう。(実際、Windows版の発売時についてきた特典の企画書には「自己犠牲の尊さ」がテーマとして挙げられている)
ただこのゲームの物語はそういう意図を超えて奇跡的な完成を迎え、多くの角度から読み、感動を得られる懐の深さを持ったのだと思います。おそらくそのすべてがライターの意図したものでは、「ない」のでしょう。
傑作というのは不思議なもので、製作者の意図を超えた奇跡が無ければ生まれえないのだと思います。


この素晴らしいゲームが生まれて20年。
20年です。
一人の人間が成人するだけの時間が流れました。(作中では14歳で成人の儀式やっちゃってますが)
高校生だった僕はもはや中年になりました。心はずっと成長していない!と主張しているのですが。。。。

ともかく、奇しくも、このストーリーには「20年」というキーワードが通奏低音のように流れているだけに、今後も訪れる「○○周年」の中でもひときわ特別なもの、と感じ、ファンとして20周年をささやかに祝えることが、幸せで、嬉しくてたまらないのです。
欠点も無いわけではなく、絶賛している物語についてだって脚本としてみれば、特に終盤で「語りすぎ」のきらいがあります。しかしそれでも、このゲームがあらゆるゲームの中で一番好きで、物語としても一番好きでたまらん、ということに変わりはない。

ふむ。次は50周年あたりを祝いましょうかね?その頃何をやってるのかなあ。


長文、乱文、まっこと失礼いたしましたm(_ _)m

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2013年8月 4日 (日)

6年半ぶりに「ブランディッシュ4」

実は先日から「ブランディッシュ4」をプレイしていました。
本当はPC-9801版の「ブランディッシュVT」がやりたかったのですが・・・・。 上京するときに持ってきたはずだったのに、どこを探しても見つからない。それで仕方なく、リメイク版である「4」を。

これと全く同じ経緯を6年前にも経験してまして、その時はクレールのダークルートで遊んだのです。

で、今回は6年前にもやった、ということを綺麗サッパリ忘れてまして(笑)
終盤まで進めて「あれー?」となったあたりでやっと思い出したという始末。歳なんでしょうか(--;

Clare_yoko


Clare_dark


Clare_d_beast


Clare_score2013

ああ、やっぱりクレールは可愛いなあ。
ゲームの女性キャラでは一番好きかもしれん。なにせ、ブランディッシュ4の前身のブランディッシュVTが一番最初に発表された時、まだブランディッシュシリーズになる予定ではなくて「開発コードネームVT」として発表されていた時、画面写真と一緒に最初に発表されたクレールのイラストを見た時から好きなんですよ。
その時は、まだ名前も明らかになってないし絵自体もちょっと違ったんですけれどもね。
(デザイン自体は一緒なのですが、製品版のマニュアル等には一切登場しなかった絵です。)

そういう雑誌記事とか、当然ながらweb上では見られないものも多くて。
ほとんど処分してしまったのが悔やまれます。

しかしまあ、前回(2007年)の時にも同じ事を書いてますが、なんというか古くならないゲームですね。
グラフィックやサウンドは古くなっても、プレイ感覚はいつでも新鮮というか、面白いです。
ブランディッシュは1~4まで、本当にいいゲームだなあ。

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2013年1月 4日 (金)

ガガーブトリロジーを考える その3

あけましておめでとうございます。

EGGで遊んでいる英雄伝説3は現在、第四章の途中まで進めることができました。
ここはゲーム全体のちょうど真ん中にあたり、かつ、そもそもの目的である巡礼の目的地でもあり、巡礼が終わったあとは帰り道ということになります。

その上、ジュリオが(旅立ち前のイノシシ退治を除けば)初めて一人で旅をしたり、最後の魔法の鏡を見ることでストーリー後半へ向けて世界を巻き込んで進行している陰謀が見え隠れし始める重大な章でもあり、こういうのがちょうど真ん中に配置されてる、というのはとてもきれいな構成ですね。

また、上記のとおり巡礼の目的地がオルドスであり、さらに道中で呪いをかけられてしまったクリス(とグース)を助けるための希望はとにかくオルドスに着くことであり、そんなオルドスという土地で、BGMには主人公の故郷の村と同じ
フレーズが使われています。ようやくたどり着いた安堵感を、故郷の曲のフレーズで演出する。
これは本当に素晴らしいです。白き魔女は画面を見てると本当に地味なゲームなのですが、演出のレベルは今でも最高峰だと思います。


そんな導入部とはあまり関係なく、今回は、白き魔女と朱紅い雫に共通するシステム上のテーマについて考えていることを書いていきます。

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2012年12月28日 (金)

ガガーブトリロジーについて考える その2

リメイク版じゃなくてオリジナル版の「朱紅い雫」が「白き魔女の続編」なのにはそれなりに理由があるんだよー!と訴えたいがための記事2回目です。

前回は、「朱紅い雫は白き魔女の対極として作られている」という持論に則り、アヴィンとジュリオという両作品の主人公がどのように対比されているか、を振り返りました。
もちろん主人公ズは好対照をなしているだけではなく、同一性も描かれています。
対比に比べれば根拠が弱くなってしまいますが、アヴィンはきっと、本当ならジュリオのように明るく朗らかな少年に育っていったのでしょう。(希望を感じさせる子供だった、というガウェインの言葉は前作を踏まえると、そのような意味に解釈できる。)

今回の前段としてアヴィンの人物像を見直してみます。

アヴィンというキャラクターはリメイク版においては単純な「熱血漢」というイメージが全面に出されていました。
これは成功していて、とても素直に感情移入の出来る優れた主人公像だったのですが、オリジナル版である98版のアヴィンはもう少し複雑です。
本質的には正義感が強くて思いやりがある熱血漢なのですが、肝となるのは前回も触れたアヴィンの生い立ち、成長過程。
幼い日にかけがえのない両親を喪失し、妹と別れるつらい決心をした彼は焦燥感、不安、孤独、そういったものを抱えて成長します。結果として、熱血漢という本質はややクール目な、斜に構えた、ひねくれた、諦観的(というかマイナス思考)な人物という印象をまとってしまっているのです。

彼がその本質を見せる相手は基本的にマイルかアイメル、だけでした。

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2012年12月26日 (水)

ガガーブトリロジーについて考える

久しぶりに書きます。セルセタの樹海については、記事にするタイミングを逸した感があるのでまた別の機会に・・・・
じゃあなんでいまさらガガーブなんだよ、と言いますと、今遊んでいるからです(笑)

まず、僕の好みからくる大前提として・・・・
「英雄伝説IV 朱紅い雫」は、98版(または、その移植であるプレステ版)が「ホンモノ」であり、「ガガーブ三部作の二作目としての朱紅い雫」はこっちです。
Windows版になったときに設定がかなり変更・追加され、一見するとこっちのほうが三部作のひとつとしてふさわしいように見えてしまうのですが、個人的には逆だったりします。

では、なぜ98版のほうが「三部作の二作目」としてふさわしいと感じているのか、そのあたりを書いてみたいと思います。

ただし誤解の無いようにしたいのは、僕はWindows版も大好きだ、ということです。単品どうしで比較して、Windows版が98版よりつまらないと感じる人はいないでしょう!

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2012年11月13日 (火)

イース セルセタの樹海(12)

隙間時間に書くよ!最近ほんとうに忙しいのです。夏休みいつ取れるんだろ?
とはいえゲーム自体はとうに終了してますので、設定やストーリー、キャラクターについてゆるく、適当に、書きたいことを書いているだけ。はい、いつもどおりですね。

今回もキャラクターのことを。

○デュレン
最初に発表されたスクリーンショットにいた大男。まさか、デュレンだったとは思わなかったので、名前が明らかになったときは本当に驚きました。

おさらいしますと、デュレンはイース4の原案からずーっと存在しているキャラで、基本的な設定は「情報屋」というもの。「実は闇の一族を抜けた男」という設定もありますが、原案ではなくPCエンジン版のものです。(そもそも、原案に「闇の一族」という名称が存在しない。

今回のデュレンは、アクションゲームとしてはドギの代役的な立ち居地でした。格闘キャラとしては、原案どおり細い体躯でも戦っちゃうほうが差別化が効いてよかった気もしますね。
今回のリメイクでは、性格なんかはかなり好感がもてる、人気の出そうなキャラクターになったのではないでしょうか?

原案でのデュレンは単に「情報屋」という以上の設定がありません。というか、公開されている範囲にはありません。原案の流れとしてアドルは国境の砦(キャスナンとはまた違うようですが、ゲーム表現上はキャスナンに砦がある、のかもしれない。SFC版みたいに。)でロムン帝国にとっつかまります。で、牢屋の中でデュレンと出会います。その後の関わり方は機種媒体ごとにさまざまで、原案におけるデュレンというキャラクターがどんな役割を持っていたのかを推測できる要素はほとんどありません。
髪の色は白っぽいもので、これは今回のキャラデザに反映されたようですが、逆に言うとそれしか反映されてない気がします。

SFC版、PS2版のデュレンも単なる情報屋。古代セルセタとの関与は特にありません。

これまで一番印象的なPCエンジン版のデュレンは実は闇の一族出身で、一族を抜けて情報屋をしています。このあたりは、ダナン出身というVitaでの設定のもとになったようですね。ゲーム画面の顔とジャッキー・チェンな声のおかげで軽い印象ですが、PCエンジン版のキャラデザは本来けっこう渋い絵柄で、印象がまったく違います。
(ゲーム中のアニメ絵はスタジオライブが手がけたので、スタジオライブ製アニメの絵柄そっくりなのが昔からの不満です。)

特筆すべきは漫画版「太陽の仮面」でのデュレンで、ほぼ原案どおりの服装(白い髪と忍者のような衣装)で登場し、ストーリー展開によりアドルと一緒に戦います。
この漫画では「よみがえった五忠臣がアドルの仲間たちに乗り移って戦う」という展開になっており、デュレンには誰だっけな、ミーユあたりが乗り移っていたと思います。
(ドギ:スラノ、カーナ⇒リリア:トリエ、ラディー:なんかガキ、名前忘れた、タリム:フレア、うんたぶんミーユで合ってるな。)
一緒に戦うという点はVita版を思わせますね。

どうも、原案のデュレンというのは本当にただの情報屋だったのではないでしょうか。
あ、デュレンに関してはもうひとつ特筆すべきことがありました。

大場(カ)惑のノベライズ版では、イース4にてデュレンは死亡します。それも、アドルの目の前で壮絶な最期を遂げるのですが、同じ作者の書いたイース外伝(4より後の時系列ですよもちろん!)で、平気で再登場します(爆笑)
アドルも、平然と会話してます。
大場惑は頭わいてんのか?と思いました。小説自体が下手すぎて読むのも苦痛でしたが・・・・・ほんとうにあのシリーズは大嫌いです。許せたのは「イース4序章 翼あるものの肖像」だけでした。


○ガディス
ぶっ殺してやる!が出てきただけでも満足なのですが
今回、見た目は明らかにPCエンジン版を意識していたと思います。原案のガディスは、そもそも金髪じゃないし顔もぜんぜん違いますので・・・・・
金色の鎧をまとった、青い髪の大男。原案の彼はそんな感じでした。このイメージは漫画版とSFC版、PS2版にも共通しています。
また、頭が悪そうなイメージがありますが(w これはSFC版とPCエンジン版のイメージが強いせいでしょうか。原案では(公開された範囲では)彼の出番が無いのでわかりませんが、コミック版のガディスは「力に絶対の自信があり、正々堂々とした勝負を好む」というプラス面の特徴が強く出ていますし、しゃべり方なども特に馬鹿そうなものはありません。ついでに、ラスボスを倒すのはガディスだったりします。

PS2版はもっとわかりやすく、と言うか初めてまともに掘り下げられ、ガディスは「姉を慕っていたが家族から口減らしのために売られ、それが幼少期の姉の死という記憶にすり替わっていった」「そのため、バミーによくなついている」「自分たちの行いが正義でないことを自覚しながら戦っている」など、相当にまともな人物になっていました。

今回のガディスはPCe版と漫画もしくはPS2の間くらいでしょうか?ちょっとPCエンジン寄りかな?
見た目や口調は昔のイメージですが、言っていることはなかなかカッコよかった気がします。
カーナとバミーの問答はストーリーのテーマに即している気がしますが、オズマとガディスはどうなんでしょうね。
二つの大テーマがあって、一方をガディスが語っているのかもしれませんが・・・・・結論が出たとも言いにくい気がする、というか、戦いの後のオズマの言葉にはいまいち説得力が感じられなかった。
どうも、今回のシナリオは三悪人の立ち居地、主人公たちとの対立関係を通して何を描きたいのかよくわからないところが多いです。
(そもそも今回、シナリオ自体はイースの中でも相当駄目な部類だと思いますが・・・・。)

○バミー
最初の印象で、声がおばさんくさいなあ、とか思ってしまいましたw
PCエンジン版の設定によると26歳だそうですが・・・酒とタバコでつぶれた声って言うにもちょっとなあ。

この人はガディスよりは立ち居地がわかりやすく、言ってることもやってることもテーマに対するアンチテーゼとしてちゃんと機能している気がします。要するに(何度か繰り返し書いていますが)「自分の力と責任で」に対して、「仮面の力と、仮面を被せた人たちの能力と、その家族やかかわる人間たちを犠牲にして」何かをやっている。
「いつも借り物の力で」みたいなせりふがあったと思いますが、そこはうまいなあ、と思いました。

バミーも、原案はほぼイラストしか公表されてませんので性格等はわかりません。
見た目は緑の長い髪が特徴ですね。SFC版、PS2版のバミーは原案を基にしています。(SFCに関して言えば、説明書に載ってる絵は原案イラストそのものの転用です)
今回のバミーは、PCエンジン版と原案の間をとったようなデザインだと思いました。原案と大きく異なるのは、「人間を魔物に変える」をやらなかったことでしょうか。もちろん仮面を被せて洗脳することに置き換わっただけなのですが「セルセタに跋扈する魔物は実はバミーに魔物にされた人間なんです!」よりは説得力と不気味さのある設定になったと思います。

直接殺すわけじゃないけど、レムノスを手にかけるのは原案にもあった展開なのでしょう、どのイース4でも共通していますね。ガディスより物語に食い込んでいると見ることもできるかもしれません。

個人的に印象が強かったのは、漫画版とPS2版のバミーです。
漫画ではジーナス(漫画版のラスボスで、エルディールとは別の有翼人)による洗脳から解かれ、アドルを守って死んでしまいます。
PS2版ではグルーダを男女として家族として溺愛し、彼のためなら善悪の見境なしに行動します。しかしその代償として自分自身が魔物になってしまい(ゲーム的にはもっと上手に処理してほしかったけど、自分の魔法に当たって魔物になってしまう)、精神が崩壊してエンディングを迎えます。死んでません。

この二つのイース4にはバミーがらみでちょっとした類似点があります。せっかくなので、提示しておきます。
漫画のバミーは、グルーダ(漫画版では、本名をネイディと言う)の姉。ネイディを救うことをアドルに託して死んでいきます。
PS2版のバミーは、ガディスから姉のように慕われている。(ガディスの項を参照。彼は姉と死別したと思い込んでいる。)ただ、バミーはガディスをウザがっている。
ガディスは死に、バミーは精神を病み、グルーダは生き残ってバミーと生きていく。

意外と、イース4の影のヒロインだったのかもしれませんね。(Vitaでは、そういう意味では降格されたと思います)


○グルーダ
公式サイトで「短身」とか書かれていて爆笑しました。そんな短身の男グルーダは、原案でも三悪人のリーダー格であり、短身でしたw
短身のグルーダはPS2版以外はおおよそ似た特徴を持っていまして、一つは短身、もうひとつは白っぽい髪。
ただ顔立ちや服装は結構違い、PCエンジン版だけがワイルドな印象の風貌になっています。原案(SFCも)、漫画、Vitaのグルーダは割と知性派っぽい印象ですね。

プレイ中の感想にも書きましたが、今回のグルーダはアドルのライバルキャラとして明確に設定をしなおしたような印象があります。SFCやPS2では確かに敵のリーダー格であるものの、アドルのライバルとしては「敵のボス」という以上の要素も描写もありませんでしたから。
とは言えPS2版ほど成功していない気がしますが、あれとはまたぜんぜん違うアプローチでのライバル化ですので、アリでしょう!

(ちなみに、アドルも公式設定では短身ならぬ「小柄」)

今回のグルーダはアドルとの対比を意図してデザインされたようです。改めて書き出してみましょう。
・幼少時から好奇心旺盛 : 幼少時から神童といわれた
・山間の小さな村で、閉鎖された環境 : 歴史の闇を受け継ぐ秘境で、閉鎖された環境
・好奇心のために旅に出る : 好奇心のために旅に出る
・家族やみんなに見送られ、一人で旅立つ : 故郷も故郷の人々も捨て,賛同者を連れて旅立つ

さて、「セルセタの樹海」のテーマは「自分自身の力と責任で取り組むこと」ではないかと何度か述べてきました。
今回のグルーダは、このテーマ(仮定)に照らしてみても、アドルと好対照を成すことがわかります。
つまり、一人で旅立ったアドルと、仲間を連れて旅立ったグルーダという対比です。
前者も後者もプラスの印象とマイナスの印象を併せ持ちます。
しかしながら、上に列挙したのは旅立つまでの話のみですから、その後のいろんな描写によって、プラス/ポジティブ/ヒーローとしてのアドルと、マイナス/ネガティブ/ライバルとしてのグルーダが浮かび上がってきていました。
このあたりは、出自不明な三悪人のリーダーというだけだった原案やSFC版よりはぜんぜんマシなキャラクターづくりですよね。

でも、一番好きなのはやっぱりPS2版のグルーダかな。仲間を大切にするグルーダ、ってだけでも、なんだか新鮮でしたし。短身じゃないしw

また、漫画のグルーダは本名を「ネイディ」といい、バミーの実の弟として描かれました。設定があまり明確になっていないのですが、どうもグルーダたちは古代セルセタ人のようで、エルディールに仕えていたようです。どういう経緯でかアドルたちの時代まで生きたのか、よみがえったのか・・・・グルーダもその一人だったが、ジーナスにより殺され、人形として利用された・・・ということのようで。(わかりにくいけど、ガディスもスラノ本人と戦ったことがあるような話をしていたし、古代人なんだろうなあ。SFCと同様に古代セルセタで人間vs翼人の戦いがあった?グルーダ達は、人でありながら翼人についた? うーん、わからん。)
漫画では、グルーダも自我を取り戻してアドルの味方に。すぐまた死ぬけど。
そしてジーナスに止めを刺すのはまさかのガディス。すげえぞ漫画版!

ガディスだけが生き残る漫画版
ガディスだけが死亡するPS2版
ストーリーはまったく違うけど、意識してやってたのかなあ・・・・。

なんか、Vitaの「イース セルセタの樹海」の記事なのにどうしてこうなった。


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2012年11月 3日 (土)

イース セルセタの樹海(11)

忙しかったけどまだ書くよ!!前回はあれか、アドルの事を語っていたらえらく長くなっちゃったんでしたっけ。

というわけで、知ってる限りの原案の情報とかと比較しつつ、他のキャラも見てみましょう。
(僕はいちおう、未完に終わった環望版のコミック以外は、全機種全媒体のイース4を制覇してます。)


○ドギ
出番なくなったかなあ、と思ったら回想(記憶の欠片)で出てきましたね。
イース4は原案の時点でドギがいましたので、出さないのは結構冒険だった気がします。
記憶の欠片によって、アドルはドギ、フレアと一緒に行動していたこと、セルセタの原種を発見したので、ドギがフレアをエステリアまで送っていくことになったこと、なんかが語られました。
つまり、冒頭部分は原案と同じような展開があって、省略しているのでしょう。
途中から出てこないかな~と期待していたんですが、エンディング後にプロマロックで再会かな?

記憶の欠片に登場したので、イース4皆勤賞はいちおう維持した・・・・のでしょうか。
(PS2版なんか、いてもいなくても一緒だったけどね。)

○カーナ
原案と同じ配色で新しくデザインされたカーナ、今まででも特に良い雰囲気のキャラデザではないでしょうか。
この人の設定は細かいところで二転三転していて、例えばPCエンジン版では「樹海警備隊の隊長」という肩書きがありました。SFCやPS2、今回のリメイクでは、狩りの腕が達者な村娘、といった程度みたいですね。
(他にも、機種媒体によって村長の娘だったりそうでなかったりする。例えばコミック版では、カーナは両親を魔物によって失っている。)


Kana
※画像は、画質が超悪くて申し訳ないですが、原案イラストのカーナ。古い雑誌からのキャプチャです。


いちおうヒロインの一人ですが、例えばPS2版みたいにメインヒロインの立ち位置かというとそうでもなく。
ただパーティメンバーとして一緒に行動し、戦うようになったので、存在感は非常に強くなったと思います。
武器がナイフなのは、SFC版以外共通。

レムノスの姉という設定はPS2版の影響でしょうか。
インタビュー記事で「原案でもカーナとレムノスは姉弟だった」という発言がありましたが、91年末のイースIV製作発表以来、PS2版の登場まで二人を姉弟として扱った記事、ゲーム、メディアは一切なし。部分的に公表されていた原案にもないし、原案に近い(例えば、説明書のイラストは全部原案そのものを転用)SFC版でも姉弟ではありません。原案で姉弟だったのなら、少なくとも最初のメインキャラ発表時には姉弟として紹介されていたはず。
(91年末、イース4のキャラクターはPCエンジン雑誌でも、原案仕様で発表された。つまりSFC版の説明書に載っているアレです。)
なので、あの発言は記憶違いでないかと思っています。

「セルセタの樹海」ではたぶんテーマとして「自分の力と責任で取り組むこと」というのがあり、カーナはレムノスを通じて、このテーマを語る語り部の役割が与えられているようです。
ただ今回のリメイクはストーリー部分が非常にあっさりしており、PS2版ほどテーマ性を前面に押し出してはいません。「あ、なんかいいこと言ってるな」と、感じとれば十分なのではないでしょうか。

○レムノス
イース4には何人か、機種媒体によって扱いや役どころが極端に違うキャラクターがいます。
レムノスもそうした微妙なキャラクターの一人です。
すべてのイース4に共通する要素としては次の二つがあります。

・カーナの同郷、知り合い(姉弟としているのはPS2版とVitaリメイクのみなので、原案で姉弟だったとは思えない。)
・敵になって登場

カーナの配色(緑の服、オレンジの髪)は原案のままですが、レムノスは「双子の姉弟」という新設定のためか、配色も変わりました。原案では青い髪をしており、SFC版のドット絵やPS2版もこれに準じています。
漫画も黒ベタの髪だったので、色つきなら青だった可能性が高いです。
原案イラストはセル画調のものは発表されている限りでは見たことがありませんが、ラフなタッチでおそらくはコピックか何かで着色されたものが一枚だけ、公表されました。

今回はカーナと二人で、ストーリーのテーマ(自分の力で努力、他者への寛容)を体現する重要な役割を担うことになりました。
そんな彼は漫画版、PS2版では死亡してしまいます。
また、生存する機種でもさほど重要な立ち位置にいたようには思えませんでしたので、今回は大出世と言えるのではないでしょうか?

○リーザ
見ようによっては、カーナやレムノス以上に変化したキャラクターがリーザです。
原案の頃からヒロインの一人ではありましたが、今回は今までとはずいぶんと違うキャラクターとして登場しました。

Liza_2
※画像:また画質が悪いけど、昔の雑誌からキャプチャした原案イラスト。この絵はSFC説明書にもなく、当時の雑誌とトレーディングカード第二弾くらいにしか収録されていません。

それは一言で言うと、彼女の出自となります。
実は、リーザについて特殊な出生や血筋が設定されているのは、今回のリメイク以前には漫画版しかありませんでした。(漫画版では、人間ですらなかった)
原案やSFC,PCエンジン、PS2版でも、彼女は基本的には、単なる村娘だったのです。特別な身分や血筋をもたない娘が、いにしえの神のごとき存在であるエルディールと接して互いに心を通わせていること、そしてエルディールの変節によってリーザが心を痛めていくこと、この点はイース4原案の骨格の一つであり、リーザというキャラクターを決定づける最大の要因でした。
なお原案では、エルディールの変節により追い詰められたリーザが一縷の望みを瓶詰めの手紙に託して大河に流し、それをエステリア(ホワイト・フォーンの砂浜)でアドルが見つけたことがセルセタへの旅の契機となります。
リーザはもともと、非常に非常に重要な立ち位置のキャラクターなのです。

今回はレファンス王の末裔であるという設定が追加されました。
さらに龍神兵であるソル・ガルヴァを使役するという設定も追加され、一般人の領域を遥かにはみ出してしまった感じがします。そういう点では、彼女はちょっと残念なアレンジを施されたキャラクターでした。

キャラクターデザインでは、原案・SFC・コミックが共通デザイン。
PCエンジンは衣装に白とピンクの配色をした独自のデザイン。今回のリメイクは、配色を見る限りではPCエンジン版のデザインを下敷にしているのかもしれません。(声も同じだしね。)
PS2版はシスター風の、黒っぽい衣装でこれまた原案とは大きく変わっていました。

○エルディール
今回最後は、エルディールのことを書きます。

エルディールはどのイース4でも共通して死にます(笑)
さらに、漫画版とPS2版※を除いて、「元々いい人だったのに、悪役になって死ぬ」という点が共通します。

悪役になっていく経緯にグルーダたち三人が絡んできます。
要するに彼らにノせられて古代文明の扉を開いてしまう、と。(小説版とPCエンジン版では、聖域の城の中にあった黒い真珠の封印を解くという形になっています。)
どうも内心の奥底には、古代に栄えた有翼人文明や祖先たちへのあこがれがあったようです。
そんな原案でのエルディールはとても人間くさい。しかも相当だめなヤツに思えるほどですね。

見た目のデザインとしては、白一色→悪役化により黒一色となります。この色の変化は、原案・SFC・Vitaで採用されました。
特徴的なのは、原案の黒ディールは顔に仮面をつけていることです。今回のリメイクは、原案の仮面を強く意識させるものでしたね。ただ、原案でつけている仮面が「太陽の仮面」なのか、ということは未だにはっきりわかりません。少なくともデザインは極めてシンプルで、ガンダムのシャアがつけてるような目元だけを覆う仮面です。SFC版のパッケージイラストが一番わかりやすいかな?
SFC版では画面上でも仮面を付けていますよね。あれが「太陽の仮面」かというとそうではなかったわけですが。

今回のエルディールは、内心にもう一人の自分を抱えていました。
それが黒ディールです、というわけでしたが正直なところ、この改変にはがっかり。要するに二重人格ということですが、もうちょっとなんとかならなかったのだろうか。
オチのつけ方も酷い。
月の仮面でもうひとつの人格を一時的に抑え込む!決着がついてから、彼は勝手に昇華してしまいます。SFC版の方が数段マシというレベルに感じました。
(昇華はイース6で登場した設定ですが、これの絡め方はPS2版が抜群に上手い。)

今回のストーリーで「あっさりしている」、という点は好意的にとらえているのですが、エルディールの扱いだけは非常に不満があります。


※漫画版では「実はすでに死んでいた」というキャラクターで、漫画版独自のラスボスである封印された有翼人ジーナスの復活を予見し、対向するために五忠臣の封印を解いたものの、ジーナスにより殺され、とって替られていました。
PS2版では最初から最後までいい人として活躍。ただし、リーザを人質にとられて仕方無くではありますが、アドルと戦うシーンもあります。余談ですがこのシーン、「リーザが人質に取られ、エルディールはリーザのために戦いを強要されている」という意図がすっごくわかりにくいのが困ったところ。画面から全然伝わってこない。。。


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